Antsiranana   アンツィラナナ(ディエゴ・スアレス)

I visited a memorial of Japanese soldiers today.
It is said that four soldiers died at Antsiranana after fighting against UK.

本日、第二次世界大戦で、ここアンツィラナナの地でイギリス艦隊への攻撃を成功させた後、戦死した陸軍4名の慰霊碑を訪れました。

慰霊碑の前に広がる海は、戦時中多くの艦隊が停泊していたようです。

日本からこんなに遠く離れた国で、日本国民にも知られていたかどうかも分からない作戦、しかも数名、何をモチベーションに!?相当な祖国愛がなければ戦えなかっただろうと、海を眺めながら考えさせられました。


It’s difficult to fine the people in the town in Antsiranana during noon to 3pm because they have siesta.

I thought that the Ramadan influences their activities during the day time because many people who live in the northern Madagascar are Muslim.
Also they speak Swahili and Arabic for greeting.


正午から午後3時に街を歩いていて人に遭遇するのは稀です!

なぜならシエスタがあるからです。きっちり休みます。

個人的に思ったのですが、夕方からの活気が半端ないのは、きっとイスラム教徒が多く住んでいて、彼らは今ラマダンの真っ只中!おまけに26日の独立記念日も近いということで騒がしいくなっています。尚さら日中の静けさとのギャップが凄いです。

There are not many Indians and Arabians than I expected.

The Malagasy who is covered with Indian or Arabic dress sounds a little bit odd to me because I’m used to seeing the Malagasy who live in the capital.



首都に住み慣れた私の目からは、マダガスカル人がインドやアラビアンの衣装を身にまとっている姿がとても新鮮です。


そして、ここに暮らす人々の挨拶に耳を傾けると

「マナオナー」や「サラマー」といったマダガスカル語ではないです。

「アッサラームアレイコム」や「カリブ」「ジャンボ」

と言ったアラビア語とスワヒリ語が聞こえてきます。

マダガスカル人でも挨拶が中部や南部と違うのは興味深いです。

きっと、隣国タンザニアの影響かもしれません。

直線距離だと南部の都市チュリアールよりもタンザニアの首都ダルエルサラームの方が近いです。
きっと先人達にとっては、高地を移動するより海の移動の方が盛んだったのでしょう。

There is a small international port.

小さな国際港もあるようです。


There is a factory for the processing of fish too.

新鮮!?きっと新鮮な魚の加工工場もありました。


I found some cats in my hotel.
They are cute. There aren’t cats like this in Antananarivo.

首都タナでは、こんな可愛らしい&毛並みの猫は見ません。


I saw that some old French enjoyed doing petanque in the park.

フランス人はとても多いです。お年寄りはペタングをしていました。
日本で言うと、ゲートボールで交流の場が広がるといった所でしょうか。


I was looking forward to eating fish. It was good!!

タナには海がないので、海のある街に行くたびに楽しみにしているのが、魚です!

期待通り、美味しい!火曜日に到着して毎日魚頂いています。

My life at Tana in Madagascar

Judo volunteer of JICA at Antananarivo in Madagascar from Oct 2015 2015年10月からJICAボランティア員としての柔道活動とアンタナナリボ生活の記録

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